ラディア戦記 20日目(最終回) 「夢の果て」

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聖域の奥に、「彼」はいた。
「彼」は現実の世界の住人であり、そして夢使いと名乗っていた。

その能力を持って世界中の夢を集め、レフィス姫、ガディスという敵、ダルスといった仲間たちを作り出した。
それらは綿密に作られた物語であったが、その物語の登場人物の一人ひとりは、元はといえば誰かが見た夢なのかもしれない。

「彼」は、それを紡いで出来上がった物語を、このレムリアルと言う世界において、一つにまとめようとした。
作り出したものとはいえ自由意志を持っている登場人物をまとめる手っ取り早い方法は、恐怖で統制することだ。
その恐怖の存在をも、「彼」は作り出した。
その名は、ナイトメアーと言う怪物だ。
「彼」はそれをレムリアルに解き放つと言う。

しかし…
得意げに笑っているところで、彼はその怪物に食われてしまった。
怪物は所詮怪物なのだ。

けれど主人公の本体である「彼」が死んでも、何故か主人公は生きている。
ならばすることが一つ、このナイトメアをここで倒し、レムリアルを恐怖から開放することだけだ。

こうして戦いが始まる。
こいつは子分を生み出してくるが、これはそう強くない。
ただ本体にはダメージが中々与えられない。
ナイトメアーは口から時々波動砲みたいなものを出すが、これを出しに口を開ける時しかダメージが与えられないようだ。
なので何10発も波動砲をくらいつつ、その都度ポーションや肉や薬草をガバガバ食べて回復する。
敵も強いがこちらもクスリ・魔法・道具と圧倒的な物量がある。
ひたすら両者が消耗しまくる戦いになるかと思いきや、割とあっさり終わる。

こうしてナイトメアーは倒れ、聖域は閉じた。

ナイトメアーが倒れ、「彼」が死に、「彼」が作り出した主人公や、レフィス姫、仲間たちがどうなったかというと…
生きている。自分たちだけでなく、町の人々やピューポー(白菜)も。変わらぬ日常が変わらぬ姿でそこにあった。
物語はまだまだ続くのだ。このレムリアルという夢の世界の中で。

「彼」は自分のことをこうも言っていた。救世主であると。
それは自意識過剰なエゴにも聞こえるが、文字通り彼がレムリアルを舞台にした物語を作ることで、皮肉にも崩壊の危機にあったこの世界は安定したのだ。

しかし現実に生きる主人公、つまり「僕」だけは、この世界では生きられない。
レフィス姫は「僕」と心を通わせるが、彼女の思いは届かず、「僕」は消える。

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この世界は「僕」にとって夢だから。
「僕」が目覚める時、それがこの世界での別れだから。

しかし夢の世界だからこそ、「僕」が夢を見れば、またレフィス姫たちに会える。
物語は確かに、今でも続いているのだから。

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「僕」が夢を忘れない限り。

ラディア戦記 黎明編 -完-



■感想
このゲームにある黎明編という副題の通り、色々含みを持たせた終わり方をした。
主人公である「僕」は、本体である「彼」が死んでも何故生きられるのか。
本体が死んでいるのに、目覚めた「僕」は、何処に戻ったのか。
「彼」が言う救世主と言う言葉は、もっと言葉以上の大きな意味があるのか。
現実の世界は、夢の世界に逃げ込んですがらなければいけないほどのところなのか。
PSの風のクロノアも含めて、このゲームはとある巨大な叙事詩の一部なのかもしれないが、その全貌は今のところさっぱりである。

ゲームとしては味方AIがお馬鹿なところもあるが、当時のレベルからすれば仲間が意志を持ってウロウロするというだけですごいものである。
デモシーンも忍者龍剣伝ほどでもないがそれなりに動き、ビジュアルは色々と気合が入っていて良い。
ストーリーは説明不足な所が多々あるが、これも当時の限られた容量では頑張ったほうだろう。

だがゲームバランスは難しくは無いが、やや大味。
後半は戦略というものもなく、ぽろぽろでる回復アイテムをがぶ飲みして強引に進めていく場面が多い。
フィールドの移動に関しても転移の魔法みたいなものが無く、同じ道を行ったりきたりがかなり多くて若干ストレス。
歩くのが遅めなのもちょっと困る。

とはいえ全体としてはやはり頑張って作られており、楽しめる作品であった。
既にスーパーファミコンとそれなりのソフトが出ている時期の作品であり、あまり見向きされなかったというのが実に勿体無い。
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